中国気功と私の気功の違い
現在も私には上海にある上海気功武術院の名誉委員長の肩書きがある。
気功は中国で生まれた。そもそも気功という名は劉貴沈師が半世紀も前に命名したものだ。それまでの中国には様々な健康法が存在し、数千に及ぶ流派があり名称もまちまちであった。それを判りやすくあるいは統制しやすくする為に、時の政府が劉貴沈氏に命じて「気功」という一つの名称に統一したと聞く。
「先生は気功を何処で習ったのですか?」と度々質問を受ける。
「誰からも教わってはいない。私独自のもの」と答えている。
人は如何にして健康になれるか?病気を治すには?この二つを基に気功や健康法を独自につくってきた。多少中国気功を参考にしたものはあるが全ては自分の創作である。
中国気功との違い
私の気功は、中国気功とは考え方等に於いて根本的に異なっている。考え方のベースになるものが違うと言った方が良いかも知れない。その様な意味もあり「新気功」と名付けた。しかし広義的には気功であろう。
中国の公園に行くとよく気功が行なわれている。ゆっくりとした動作。独特の動き。一般的な気功である。
気功を行う人自身の健康や病気の予防を主としていると言う点では、私の気功も中国気功も変わりはない。だが私の気功はどちらかと言えば病気を積極的に治して行くというものであるが、中国気功にそれは見あたらない。
中国気功は陰陽五行説をベースにしている。また気学なども混じっている。陰陽五行説は2500年以上前に作られた古い学問である。現代人には非常に解りにくい。古いものを尊ぶという点では敬意を表するが、ただそのまま続けているのではあまりにも能がない。古いものにも良い点もあるが、間違っているものも少なくない。それを改良する事を疎かにしてはいけない。やはり時代に即した考え方や見方が必要であろう。
私の新気功は現代人の私が創った気功である。その点も中国気功と私の気功の違いではなかろうか。
私の新気功は以下のパラダイムで構成している。
①身体を健全にするための呼吸法と動功
②病気を治すための医学と施術
③気をつくる為の概念と功法
④筋肉論
⑤超科学との融合
①はより良い身体を維持していくための方法で、健康になるための動きと呼吸法のテクチュアであっる。
②は病気になった人の病気のケアである。人は何故病気になってしまうのか?病因を探り治していく。その為には真の医学がなければならない。
③気というエネルギーを出すための方法とその理論。
④あらゆる部位の筋肉のコリが病気を作っている。どのようにしたら筋肉にコリを作らずにいられるにか?筋肉の使い方を変えれば代謝の高い良い筋肉を作っていける。それを既成の筋肉論から離れ独自の筋肉論を構築した。
⑤普通の人が持っていない能力。それを越えた能力を超能力という。それを身につける方法。
私の身体は気というエネルギーに包まれている。時々無理をする身体を気は調整してくれている。食べ過ぎれば消化酵素が独りでに出てきて消化が促される。病気になりそうになればそれを止めてくれる。これが自己治癒力である。
極度のダメージを受けた時には気を発し身体を直すこれは自発治療である。これらは全て体得した気のお陰である。
気とは何であるのか?私にもまだ解明できていない。それは超科学的な面である。
宇宙には定理がる。理屈抜きで物事が決められた通りに動いていく。普通の人が信じられない様な奇跡も作る。超状現象、超能力という人もいる。
これらの現象や能力を気を掴んだ時に感じる様になったし、また少しづつだが出来るようになった。
私の新気功とはこれらを多くの人に身につけてもらうためのメソードでもある。
中国気功を受けた人の被害をよく聞く。一部では私の新気功もその様な目で見られている。10数年前から「気功整体」というのも出てきた。「これやったら儲かる」といった感のある安易な商業主義的な匂いがある。長年かけて修行し、気功治療に取り組んでいる人もいるのであろうが、何も知らない中国人を集めて俄仕込みに動作などを真似させ、行っているという話も耳にする。そのような行為は是非謹んで欲しい。真摯に気功に取り組んでいる人たちを冒涜している。
私の新気功はそれらの気功と一線を画していきたい。
2011年1月13日加筆訂正。