老化と病気を優しく見つめ直す

 

お釈迦さまは、人の人生には「生・老・病・死」という苦しみがあると説きました。生まれることや死ぬことは、今の私たちにはどうすることもできません。でも、「老化」や「病気」については、少し立ち止まって考えてみる余地があるのではないでしょうか。

筆者は、久しぶりに会った友人や知人の顔を見て、「ああ、年を重ねたな」と感じることが増えたと感じます。本人たちは毎日歩いたり、ジムに通ったりして、「健康には気をつけている」と話します。それでも、体はどこか硬く、以前のようなやわらかさが失われているように見えるのです。

ある日、毎朝元気にウォーキングをしている幼なじみに声をかけました。「頑張っていますね。ところで、おいくつになられましたか?」。すると、「何を言っているんだ、お前の一つ下じゃないか」と叱られてしまいます。それほどまでに老けて見えたのです。しばらくして、その人が亡くなったと聞き、筆者は胸に静かな衝撃を受けました。

また、いつも仲良く二人で歩いていた人たちの姿が、いつの間にか一人になり、やがて道から消えていったこともありました。詳しい理由はわかりませんが、「歩くこと=健康」という考え方だけでは、説明できない現実がそこにあったのです。

筆者は言います。年を取ることは避けられませんが、「老いる」ことは違う、と。老いとは、体がかたくなり、血の巡りが悪くなり、細胞が元気を失っていくことなのだと。

MMS(筋肉の微小循環システム)という考え方では、健康の鍵は、体のすみずみまで血液がやさしく流れることにあります。ところが、歩きすぎたり、運動をしすぎたりして筋肉がかたくなると、細い血管が圧迫され、血が届かなくなってしまいます。そうなると、細胞は栄養を受け取れず、代謝が落ち、病気や老化につながっていきます。

老化を防ぐことと、病気を遠ざけることは、実は同じ道のりです。がんばりすぎず、体をいたわり、血の流れを整えること。そうすることで、細胞は本来の力を取り戻していきます。

無理に若返ろうとしなくてもいい。ただ、体の声に耳を澄ませ、やさしい循環を保つこと。それが、筆者の伝えたい、静かで確かな健康の考え方なのです。