「善さん、そろそろ上がろうか。明日、早いしなぁ」

親方の松男が職人の善三にこう声をかけた。

「分かりました。その前におしっこに行ってきます」

二人は明日、他の仲間と車で3時間のところにある、千葉県のゴルフ場に予約していた。

「痛てぃ」

善三はあまりの痛さに思わず声を出してしまった。ペニスの根元に締め付けられるような痛みが走り、腰も抜けるように鈍痛がきた。

「長げぇ、小便だったなぁ」

「痛くて出ねぇんですよ」

以前にも何回かあったが今回は痛みが増し小便が一滴も出なかった。頭の中は不安でいっぱいだったが病気を予測するものは彼の知識の中にはなかった。

次の日は晴れて絶好のゴルフ日和だった。

「善さん、いつもの調子が出ないね」

仕事仲間の井上が普段と違う善三をみて声をかけてきた。

「お腹が張っていて、調子が悪いですよ」

「すいません。今日はハーフであがらせてもらいます」

仲間にそういった。

「社長、明日は病院に行かせてもらいます」

「そうか、行ってこいよ」

明日休まれるときつくなるが、いつもと違う善三を心配して松男は快く許していた。

善三と芳江の夫婦は、子供も独立し二人だけで、足立区花畑の公団住宅に住んでいた。かれこれ25年以上になる。

近くの高血圧で20年来診てもらっているY病院に行くことにした。

「田中さん、入って」

「いよぉ、なっちゃん元気」

「どうしたの、田中さん。元気ないわね。まだお薬はあるでしょ」

「今日はちょっと違うんだ」

「どうした善さん」

医師の宮田とは飲み友達で、時々ゴルフにもいく間柄でもあった。

「いやぁ、腹が張って苦しくって、そんでね、おチンチンの根元が痛くてどうしようもねえんだよ」

看護師の奈津子は顔を赤らめている。10年来の顔見知りなので善三は屈託なくあけすけである。

「いつ頃からだい」

「前から痛かったんだが、この間ゴルフに行く前の日からどうしようもなくなって、この前はハーフしか出来なかったんだ」

「どれ、腹を出してみて」

善三はベルトを緩めズボンを脱ごうとしている。

「おい、おい、脱がなくてもいいから腹だけ出してくれ」

「確かにパンパンだね、今も大事なとこ痛いのかね」

「今は痛くはないんだが、あまり出なくて、夜、4,5回便所にいく始末だよ」

宮田はしばらく考えていたが

「善さん、今紹介状を書くから、D大学病院で診てもらってくれないか」

「なんだょ、脅かすなよ、悪いんか?」

「何とも言えないが、ぼっとしたぼっとするかも知れないから、検査して貰らっといた方がいいと思うんでな。」

宮田からD大学病院を紹介された。善三の家からD大学病院は、電車で最寄の駅まで25分、そこからから歩いても10分、都合4、50分の距離である。次の日善三は不安を抱えながら、D大学病院の受付にいた。

「この紹介状を持って2階のナースステーションに行ってください。そこで案内してくれますから」

受付の女性にごく事務的に案内された。

2階のナースステーションから紹介状にあった泌尿器科の高橋医師のもとに案内された。

「田中さん。田中善三さんお入りください」

間もなくナースから呼び出しがあった。やや広めのデスクを前に高橋医師は座っていた。

「どうぞお掛けください」

「田中さん、今日はいろいろと検査をしていただきます。柿沢さん、まず血液検査、CT, MRIの手配をしてください」高橋医師がパキパキと指示を出していく」

「田中さん、検査が終わったらまたここに来て下さい」

「それでは田中さん、血液検査の採血をしますのでこちらへ」

促されて、善三は柿沢看護師のもとにいき、左手をたくしあげた

「それでは少し時間がかかると思いますが、まずMRIの検査を受け、その後CTの検査を受けて下さい。それぞれの場所はこれを見て行ってください。こちらで手配をしておきます。呼ばれたら部屋に入ってください。そして終わったらまたここに来てください」

「宮田先生のとこと大分違うな」と思いながら、見えない目を擦りながら案内図に示された検査室に急いだ。

検査にゆうに2時間近くかかっていた。検査を受けている時間より待っている時間が長かった。やっと2つの検査を終えて、高橋医師の診察室に戻ってきた。あれほど待っていた人たちがいなくなり田中一人だった。

「田中さん。いろいろご苦労さまでした。今日はいろいろ検査をしましたので、その結果がわかる1週間後にまたお越し下さい。また出来たら奥さんと一緒に来て下さい」

担当した医師の高橋はこう言った。

「分かりました。先生、何かあるんでしょうか?」

「検査結果が出ていないので、はっきりしたことは分かりませんが、前立腺ガンの疑いがあるのですが、今日の段階では何とも申しあげられませんので、1週間後にはすっかり分かりますので詳しいことはその時にお話します。」

善三は、検査と不安でくたくたになっていた。

「何だよ、検査ばかりさせやがって今日分かんねぇのかよ。前立腺ガンの疑いがあるとか言ってたが、天皇陛下と同じ病気かよ。」

駅まで向かう道にはラーメン屋やそば屋があったが、足がやっと動いているという感じで、昼なのに何も食べる気がしなかった。

1週間後

1週間はあっという間に過ぎた。痛みが時々襲ってきたが、あの時の痛み程ではなかった。ただ、頻尿は続いていた。そして「ガン」と言われたことが片時も善三から離れなかった。

「お父さん、早くしないと遅れるよ」

妻の芳江が、ぐずぐずしている善三をそう促した。

病院の受付はごった返していたが、予約を取っていたので善三たちはそのまま医師の高橋の診察室の前の待合室にいき、診察券を既定の箱の中に提出した。

「田中さん。田中善三さんお入りください」

ナースの案内が、座って何分もしないうちにあった。

「ほらお父さん立って」

芳江に手を引かれるように診察室のドアを開けた。

「失礼します」

「どうぞお入り下さい」

中から柿沢看護師の声が聞こえてきた。

「今日は家内と一緒に来ました」

「先生、よろしくお願いします」

芳江が診察机に座っている高橋医師を見てそう挨拶した。

「それでは、田中さん検査の結果が出ましたのでお話します。まず血液検査の結果ですが、PSAが12.8と非常に高い数値が出ています。それにMRIで2㎝ほどの腫瘍があります。

「先生、それはどういうことですか?」

芳江が素っ頓狂な声出して聞いた。

「お二人いるので、お話します。PSAというのは腫瘍マーカーで前立腺特異抗原というのですが、前立腺の検査に用いられるもので、その数値が4.0を超えると前立腺ガンということになります。正常な人の数字は0.6以下ですからご主人はかなり高い数値になります」

「主人はガンなんですか」

善三は口が渇き、声を出そうと思っても声にはならなかった。それを察してか芳江が聞いた。

「生検で組織を調べればはっきりしますが、まずガンに間違いありません。田中さん今70歳でしたね。田中さん位のお齢になるとこの病気が多くなってきます。しかし今はいろいろな治療法がありますので、そう暗くならないでください」

「先生、どうしたらいいんでしょうか」

芳江が聞く。

「そうですね。早いうちに手術するのが一番いいのですが、その他にも放射線療法、化学療法などがありますが、私は早く取ってさっぱりとする意味では手術をお勧めします」

「先生、化学療法って抗がん剤ですか?」

芳江が一人で喋っている。善三はただぼぉっと聞いている。なにか人ごとのような感じがしている。

高橋医師は

「そうです。手術した後、転移などの再発を防ぐためには必要でしょうね。ただ手術をすると性機能障害を起こしますので、お二人の承諾をお願いしています」

「そうすると、できなくなっちゃんですか?」

「まぁお父さんは」

善三は何か力が抜けていくのが分かった。

「時間を置くとガンがどんどん進んでしまうので、手術をするかしないかを早く決断をしてください。なかなか予約も取れませんので早めにお願いします」

「先生他に方法はないのでしょうか?」

「放射線治療、抗がん剤などでしょうが、今ならまだ大丈夫とは思いますが、やはり性機能障害はおきますので、手術が一番かと思います」

高橋医師はたたみかけるように説明していく。

「先生、ホルモンと言うのがあるようですが、天皇陛下がそうだとテレビで聞きましたが」

善三が聞く。

「天皇陛下は手術を受けられた後、女性ホルモンの治療受けられておられますので、田中さんも、完全にするには手術して取ってしまって、抗がん剤を打ち、そのあと女性ホルモンの治療を受けられるのが良いと思います」

「先生、手術をして抗がん剤の治療を受けると費用はどの位かかるのでしょうか?保険が利くのでしょうか?」

芳江が聞いた。女は現実的である。

「俺の身体より金の心配していやがる。あんまり貯金もないだろうしなぁ、何とかならあなぁ」

高橋医師は

「何ともいえませんが、保険もききますので、そんなには掛からないと思いますが」

「先生、子供たちにも相談したいので少し時間をいただけないでしょうか」

と芳江がいった。

「結構ですが出来るだけ早くしないと命にかかわりますので」

高橋医師は次があるのか、早く話を切り上げたいようである。

「分かりました、また来週参りますので、その時にご返事します」

善三は頭が真っ白になっていて何も考えることが出来ないでいた。芳江が決めていくことをただ聞いていた。

担当の柿沢看護師がただ事務的に

「それでは田中さん、来週のこの時間に予約を入れておきますので、それまでに決めてきてください」

善三は、病院を出たが歩くのがやっとで、駅まで向かう足は重く芳江が一緒でなかったら帰ることも出来なかったかもしれない。昼間近の時間の東武線は空いている。座席に腰を掛けたが、善三はどうやってここに腰を掛けたか全く記憶がなかった。

善三夫婦には二人の子供がいた。長女の晴美は41歳、結婚していて8歳と5歳の男の子がいて、近くのマンションに住んでいる。長男の隆二は38歳、独身でまだ定職を持たずに、今流のフリーターである。

芳江が

「お父さん、子供たちに連絡して来て貰おうよ」

「隆二に連絡とれるのか」

「携帯に電話してみるわ」

隆二は何をやっているのかさっぱりわからなかった。いつも夢みたいなことを言っている。この間まではトラックの運転手をしていたが、今はどうしているか分からなかった。

「隆二は何をやってんだ」

「この間連絡した時は、運転手を辞めたと言ってたけど、今、何をやってんのか連絡もないから、どうしてんだろうね」

もう隆二は善三の悩みの種ではなかった。もうとっくの昔に諦めていた。高校を出て1,2年まともに働いていると思ったら、さっさと転職して、それも長続きせずに、暫くしたら世界に出てくると言って、リックを担いで出かけてしまった。2年も帰ってこなかった。その間何回か芳江には手紙が来たようだ。最初の手紙には興味があったが、変わらず勝手し放題という息子の行動に、期待をする気持ちがなくなった。

「お父さん、手術はしない方がいいと思うよ。俺、あれから前から世話になっている気功の先生に相談したんだ。先生はいろんな人のガンも治しているし、難しい難病もいっぱい治している人なんだけど、手術や抗がん剤はしない方がいいだろうって言ってたよ」

二人の子供たちに、芳江が病院に行って聞いてきた経緯を説明した後、隆二が開口一番言い出した。子供達には電話で病院での経緯は話していた。

「そんな気功なんて信用できんのかよ」

それを聞いていた芳江が

「あの先生なら大丈夫だよ。ほらお父さん、あたしの病気を治してくれた先生だよ」

「あぁ、あの先生か」

善三も芳江が隆二と一緒に目黒の方に行っていたことを思い出した。

「隆二、でもお母さんの病気と違うよ、お父さんはガンなんだよ」

それまであまり口を出していなかった晴美が言った。晴美も母芳江の極度のうつ病と顔面マヒがひどかったのを、気功の先生が治してくれたことはよく知っていた。しかしだからと言ってガンを治せるとは思いもしなかった。

「俺、実は母さんから話を聞いてから直に気功の先生に電話して、この間の日曜日に先生の所に行って来たんだ」

隆二が言った。

「で、先生何て言ってたんだい」

芳江が先を促すように聞いた。

隆二は

「診てみないと分からないと言っていた。でも先生は同じ病気の人を何人も診ているので、酷くなっていなければ大丈夫ではないかと言っていたよ。それと手術をしたり、抗がん剤を打ってたりした後だと分からないとも言っていたよ」

「では、助かるってのか」

善三が言った。

「だから、診ないと分からないって言っているよ」

隆二が面倒臭そうに答えた。

「でも、病院の先生は手術すれば治るって言ってるんでしょう」

晴美が言った。

「治るとは言わなかったような気がする。ただ手術した方がいいと言ってただけだよ」

「母さん、手術って言うけど、それどのくらい掛かるの」

隆二が聞いた。

「よく分かんないんだ。だけど人の話だけど100万円位掛かると言っているけど」

「お金あるの?」

隆二が聞く。

「そんなにあるわけないだろう。お父さんはしょっちゅうゴルフに行っているし」

芳江がいつもの愚痴を言おうとするのを制して隆二が。

「それじゃどうすんだよ。俺は持ってないし。姉ちゃんは?」

「うちだってある訳ないでしょ。安月給何だから」

「お前、貯金ねえのかよぉ」

善三が恐る恐る聞いた。

「あるわけないでしょ。稼ぎは悪いし使うし、この間の車だってどうしたのよ。職人は軽トラ乗っていればいいのに、ゴルフに行くに格好悪いからって買うし」

芳江が泣き出しそうに言った。

「お父さんはどうなんだよ。手術した方がいいと思ってんの」

「よく分かんねぇんだ、おっかないし。まだ未練もあるしよ。本当に治るかどうか分からないんだろ」

「何だよ未練もあるしって、まだ死ぬって決まってるわけじゃないないんだから」

芳江が言った。

「女には分かんねぇ話だよ」

「やだぁ、いい歳をして」

芳江があきれたように言った。

「俺もいろんな人に聞いた話だと、手術しても助かるのは2割か3割だってょ。気功の先生の話だと、何もしない方が治るって言ってたよ。だけど先生の気功の施術を受けねぇとどうしようもないけどね」

隆二が言った。

「先生はやってくれるって言ってくれたの」

芳江が聞いた。芳江は自分の病気を治してくれた気功の先生に絶対的な信頼をもっていた。

「母さんの時もそうだけどよ。先生へのお金は俺が都合付くときだけ払っていたんだ。先生はそれでいいって言ってくれたし」

芳江の時の施術代は、隆二がある時に少しずつ払っていた。

「もし、お父さんが先生にお願いするとしたら今度も同じようにしてくれるの」

芳江が隆二に聞く。

「まだ先生に言ってないけど、いいって言ってくれるとおもうよ」

「じゃお父さん。そうしようよ。ママ先生に診て貰おうよ」

芳江が善三を促すように聞く。

「手術しても絶対に治るわけではないし、金もねえし、気功の先生に診てもらうか」

「晴美はどう思う」

あまり言わない晴美に芳江が聞く。

「お父さんがいいって言うならそれでいいんじゃないの。どこに行っても治らなかったお母さんの病気を治してくれた人だし、あれ8年位苦しんだっけ」

「そうだね。お前が結婚してから間もなくだからね」

2日後D大学病院の高橋医師の病室にいた。

「それでは、手術はなさらないということですか?それは自由ですが、ガンが進行していってしまいますので、ただ「はいそうですか」という訳にはいきませんので、まぁ、田中さんはお歳でもありますから、女性ホルモンを投与して様子を見ることにいたしましょうか」

高橋医師が残念そうに言った。

「それで、よろしくお願いいたします」

善三と芳江が一緒に言った。

「今日はその用意がありませんので、明後日おいで願えますか」

高橋医師が言った。

「はい、分かりました」

診察室を出て、病院内のレストランに入り、コーヒーを注文した。

善三が

「気功の先生にお願いするって言わなくて良かったのか」

「そんなことを言ったら、高橋先生が気を悪くするにきまってるじゃないの」

芳江が言った。

「じゃ、ずっと黙ってんのか」

「当り前じゃない」

二人の間でそのような約束が出来上がった。

4日後、目黒にある「ママ先生の新気功クリニック」に善三と芳江の夫婦が訪れた。前もって隆二が予約を取っていた。

「先生、こんにちは、ご無沙汰しています」

勝手を知った芳江がそう先生に声をかけた。

「お元気ですか?大丈夫ですか」

ママ先生が言った。

「はい、私はすっかり治りましたが、今度は主人が病気になってしまいまして、また先生にお願いしたいと思いまして参りました」

芳江が言った。

「はい、隆二君から聞いています。今、お加減はいかがですか?」

隆二から連絡が入っていることを含めてママ先生が言った。

「今は痛くはなくなっているんですが、薬のせいでしょうか?」

善三はここに来る前に、D大学病院で女性ホルモンの投与を受けていた。

「そうですか。女性ホルモンを打たれているのですか?」

ママ先生が考え深げに言った。

「はい、そうです」

ママ先生の質問に善三が答えた。

「よく、手術や放射線治療をお断りになられましたね」

「高橋先生は残念そうでしたが・・・これだけはやらせて下さいというので、注射を打つことだけはやってもらうことにしました」

善三に代わって芳江が答えた。

「さて、この時間は他の人がいないので、施術しながら話ししましょう。どうぞ、ベッドの方へ」

とママ先生が二人を診察コーナーに促がした。

「それでは、このガンについてお話しましょう。前立腺というのはご存じですね、またその役目もご存じですか?」

ママ先生が話始めた。

「はい、大体のことは知りました。隆二がインターネットで調べてくれまして、それで何とか」

善三が言った。

「お父さん、隆二じゃなくて、晴美が調べてくれたんだよ、隆二はパソコンは駄目だって」

芳江が言った。

「結構でしょう。皆さん病気になる前までは、知らない人がほとんどです。簡単にお話しましょう。

前立腺というのは、主に精子の一部をつくるところで、ペニスの根元についています。形は栗みたいな形をしています。ここには無数の神経と血管が走っています。ですからここを手術するとなると、相当の技術を持ったお医者さんでも難しい手術と言われています。

何故、前立腺ガンになるのかというのは、現代医学でははっきりした答えはないようです。しかし欧米化した食べ物のせいだ、という人もいます。特に近年増えていますので、食べ物によると言うことも考えられます。その他にいろいろと述べている人もいますが、これが原因だという説はないようです。その一例では、遺伝子の異常と言われていて、年をとることと、男性ホルモンの存在が影響しているとしています。しかしこれでは男が年をとれば、誰でもがなってしまいますね。

食べ物では、肉や脂肪の多いミルクなどを多く取るとなりやすいと言われています。また、穀類や豆類などの繊維質の多く含んだ食事をするとガンの発生を抑えられるとしています。

現代医学では、ガンの進行の度合いについては検査などで得たデータによってランク付けしています。つまりPSAの値ですね。田中さんは12.8でしたから、さしずめ中期に当たります」

「ええ、そう言われました」

「このまま放っておくと、リンパ節や骨に転移してしまうとも言われています。脚がむくんできたり、下半身が麻痺を起してくることもあるようです。と、まぁいろいろ言われていますが、私の考え方は違っています。

すべてのガンは血行不良から起きると思っています。血行不良がおきるとまず、免疫力が落ちてきます。悪いものを排除する力がなくなってくるのです。それと常にあらゆる細胞は新しいものに生まれ変わっていますが、血流が途絶えた部位の細胞は生まれ変わりがなされなくなります。つまり新陳代謝がなくなるということです。

前立腺ガンに限って言えば、前立腺に流れている血行が悪くなって、代謝されなくなって、古い細胞をかかえることになるとガン化してくると考えています。ですから、まずこの場所の血液の流れを良くしてあげることなのです。

具体的にいえば下腹、股間の部分をやわらかくすること。まだあります。昔から「会陰」と言われる場所のコリを取り、前立腺への血行をよくすることです。これらの場所が正常になればガンも収縮し変ってきます。やがては消えていきます。

手術をしてその部分を取ってしまうというのは、「治す」ということではありません。何せ最初に必要だからついているものを切って捨ててしまうことですからね。放射線にしてもガンの部分に当てるとはいえ、他の細胞も傷つけ、また硬くしてしまいますので、一端ガン性がなくなったといっても、他に出来てしまう可能性が大になります。抗がん剤これは論外でしょう。全ての細胞にダメージを与え、一時的に数値が下がったとしても、全部の細胞が元気になってくれば、ガン細胞もまた元気になり復活し、また他に転移していきます。こういう対症療法では駄目なのです。悪くなったのは何が原因か、そこを正していかなくてはいけないのです。

もう、お分かりのことと思いますが、まず前立腺への血行をよくすること。それと田中さんは不整脈があり、心拍数が36というとんでもない数字が出ています。不整脈を取り、心拍数も60程度に上げなくては、身体が元気になれません。

降圧剤を20年も飲んでいるということですが、これらも全細胞への血行を妨げているものです。私が止めろということは出来ませんが、考えていただけると良いと思います。だいたいこのようなところです。食べ物などは明日からでも「私の食事法」始めると良いと思います」

「分かりました、食事の方法は教えていただいて、直に始めます。それは私もいいんですか」

芳江が聞く。

「もちろんです。別に病人食という訳ではなく、どなたでもおやりになることをお薦めします」

「先生、それで主人は治っていくのでしょうか?」

芳江が聞く。

「はい、大丈夫ですとは言いにくいですね。私だけの力ではなく、田中さんの力がなくては病気を治していくことはできません。むしろ私は病気を治すそのお手伝いをするということで、治していくのは田中さんで田中さんの身体なんです。私はベストを尽くすだけです」

「分かりました。何とぞよろしくお願いします」

芳江が答えた。

「それと、少し良い結果が出るまで1週間に2回ほどお越しください。受付の彼女に言って予約を取っていってください」

施術は一時間で終わった。次の人が待っているみたいで、ママ先生はその人たちをベッドに誘導していた。

それから3週間後

「先生、先日D大学病でPSAを測ったら0.9だっていうんで、高橋先生がびっくりしていました。こんなに女性ホルモンが効くのかなぁ、とも言っていました」

善三が来て直に話し出した。よほど結果に嬉しかったのでしょう。2回目からは善三が一人だけで来ていた。得意げに話していた。明るくなっている。

「そうですか、割と早かったですね。どんどん良くなりそうですね。ただ、薬のせいだと思われていると、やや問題がありますがね。」

ママ先生は複雑な気持ちで答えた。

善三のガンはその後も確実に数値が落ちていった。不整脈もなくなり、心拍数も56,7になって息切れもなくなり、元気に動けるようになっていた。ガンの発見以来、仕事は引退しゆっくりと養生をし、隆二に教えてもらった気功をやっていた。好きだったゴルフも中止している。

これは実際にあった話で、フィクションではありません。ただし登場人物を仮名にし、多少の脚色を加えています。

隆二が前立腺ガンの生存率に触れているところがありますが、現在での、実際の生存率はもう少し高い数字になっています。各病院でその数値に違いがあり全容を私には掴めません。「息子に言われた」と本人が話していましたので、それを基にしました。その点をご了承ください。

女性ホルモンの投与の例が多く、その治療法で治っているというのも聞きますが、その後の副作用による問題を抜きにしてはいけません。

この物語では、女性ホルモン療法と気功治療を併用するかたちになりました。どちらが良い結果をつくっていったのかが判断しにくくなりましたが、はっきり分かることは女性ホルモン療法を受けると、筋肉が硬く締まってくることは確かなことです。これを放置すれば骨粗鬆症になってしまう。そして全体的に積極性が欠けてくる。体毛が無くなっていく。などが起きてくるのは明白です。たまたま、私の気功治療で締まってしまう筋肉全体を緩めているので、この主人公には今のところ問題がありませんが、女性ホルモン治療法は問題が多く、完全な治療法とは言いにくいと感じました。

しかしながら、両方の治療法を用いることは、前立腺ガンを退治する意味では有効な方法かもしれません。