腹式呼吸の「常識」を疑う
健康法として広く知られている呼吸法といえば、まず挙げられるのが腹式呼吸である。「健康になるなら腹式呼吸が良い」「胸式呼吸は身体に悪い」——そんな言説が、あたかも常識のように広まっている。しかし、本当にそうなのだろうか。
胸式呼吸は、重篤な病気の際に見られる「浅い呼吸」と同一視されがちだ。胸だけを動かし、肩を持ち上げながら息を吸う。確かにそうした呼吸は好ましくない。だが、そのイメージが長く固定されてしまい、“胸式呼吸=悪” という図式が独り歩きしてしまっている。
■ 夏のキャンプで気づいた「呼吸の盲点」
私が腹式呼吸の是非を強く意識するようになったのは、14〜15年前のことだ。管楽器の夏季キャンプに講師として招かれ、弟子と共に姿勢と呼吸法の講義を担当した。
良い姿勢と良い呼吸法は、楽器の音色を劇的に変化させる。これは私自身が発見した理論で、多くの演奏家の演奏を変えてきた。
特に注目すべきは「倍音」が豊かになることだ。基音の整数倍の振動数を持つ音が響き出し、ドを吹けば上のオクターブまで共鳴する。ピアノのような固定音の楽器でさえ、音のクリアさが変わるほどだ。
講義では、姿勢と呼吸法を丁寧に伝えた。学生たちはブレスが自然に楽になり、息継ぎも苦もなくできるようになる。そして実演では、誰もがその音の変化を耳で確かめていった。
さらに興味深い事実が浮かび上がった。
腹式呼吸を習ってきた学生たちが、実際の演奏ではほとんど腹式呼吸を使っていなかったのである。
■ 「膨らんでいる」のは本当に横隔膜か?
腹式呼吸では「横隔膜を大きく下げる」「お腹を膨らませる」とよく言われる。しかし実際に観察すると、多くの人は お腹だけが膨らみ、肝心の横隔膜はほとんど動いていない。
腹部を前に突き出す力によって横隔膜が下へ引っ張られ、かえって酸素吸収が低下し、酸欠状態を生むことさえある。
さらに問題は続く。
腹部を大きく膨らませる呼吸を1分間に10回以上も繰り返せ
ば、腹部周辺の筋肉は固く締まってしまう。筋が固まれば毛細血管
が圧迫され、微小循環が悪くなり、代謝は低下し、老化が進む。
顔が赤いのを「元気だから」と言う人もいるが、実は筋肉の締め付けによる循環不良に過ぎない場合もある。
■ MMS式呼吸法——身体が変わる「本当の胸式」
人は呼吸のために「呼吸筋」を持っている。肋間筋や胸筋がそれである。本来はこれらの筋肉を使うことで、他の筋肉に負担をかけずに呼吸できる。
しかし、肉体を酷使している人ほど、この呼吸筋が固まり、本来の胸式呼吸ができない。そこでまずは肋間筋・胸筋を柔らかくほぐす必要がある。その状態になると、呼吸筋だけで胸郭を軽く持ち上げるように、自然に息を吸える。
学生たちの実験では、
腹式呼吸でブレスした場合と、胸式で行った場合の“吐ける時間”を比較すると、胸式の方が2倍近く長くなる学生もいた。
それほど呼吸効率が違うのである。
胸式呼吸が整うと、顔色は数分で変わり、赤黒さが消え、生き生きとした白さと温かさが戻る。血液循環が一気に改善するからだ。
これこそが「呼吸の力」である。
■ 健康への近道は、無料で手に入る“空気”を使いこなすこと
健康になるために高価なサプリメントを飲む必要はない。
身体に本来備わった呼吸筋を使い、適切に空気を取り込むだけで、全身は驚くほど変わる。
腹式呼吸を信奉してきた人にとって、他の呼吸法へ切り替えるのは勇気がいるかもしれない。
しかし、健康を守り、身体を本来の状態に戻すためには、ぜひ一度見直してほしい。
2025/11/15
眞々田昭司







