医療費を削減するには抜本的な改革が必要です。現在の政府の医療に対する政策は、医療と同じく対症療法でしかありません。根本の原因から正していかなければ解決するものではありません。それにはいくつかのハードルをクリヤーしなければならないでしょう。以下のようなことが考えられます。

○間違っている医学を正していく

○治せる医療に変える。

○治せる医療の医師を育てる。

○国民に自分の身体を自分で守る観念を育てる。

○正しい医療知識を国民に教育する。

○薬主体の医学から本物の医学の知識をもたせる。

○予防医学を国民に徹底する。

○身体に良いことをしている人と。何もしていない人とでは、病院での自己負担率をかえる。

○保険制度を変える。

○収入に合わせた保険料ではなく、病院にかかった回数や支払った金額などで変えていく。車の保険と同じよう事故率によって変化させる。

以上のようなことが開拓のプログラムが考えられます。

間違っている医学を正していく

現代医学は現象のみ捉えていく医学です。実験結果や検査結果を重要視し、それに対処

しようという医学です。物事の現象はそれをつくっている何かしらの原因があります。現れている現象のみ捉え、それを取り除くことのみに終始すると本質が見えなくなります。

病気になるにはその理由がなければありません。出てきた症状を消すことのみ考えると最初にある理由は全くみえなくなります。また、症状のみ消してしまうと内存する重篤なものを放置することとなり、患者さんは爆弾を抱えて暮らしているということになります。

一つの病気を例に考えてみましょう。例えば、ウイルス性肺炎です。肺にウイルスがいてそれが肺に炎症を起こしていると考え、ウイルスを退治しようと薬の処方がなされます。これが現代医学の治療法です。

これが、胸筋を固め、気道を固めた結果、無理して呼吸したり、肺に負担を掛け、炎症を起こし、弱くなった部分にウイルスが侵入し住み着き、更に症状を悪化させているとしたら、薬でウイルスを殺そうとしても一時しのぎで、次々とウイルスが侵入してくるでしょう。それよりウイルスが住めない環境作りをしてあげることです。それは炎症を止めることです。「炎症を止められないからウイルスを退治しているのだ」と反論されると思いますが、まず気道や気管支を正常にし、肺胞をやわらかくしていけば炎症は治まっていきます。しばらくすればウイルスもいなくなります。胸筋や気道などの筋肉のコリを取り、血行を良くしていけば正常な免疫力になりウイルスは消えていきます。免疫の低下がウイルスの侵入を許してしまうのです。院内感染し、ウイルス性肺になって命を落とす人が少なくありません。手術や薬物投与によって免疫力が落ちてしまい肺炎にかかってしまうのです。

何故ウイルスが住み着いてしまうのか?ということが問題で、病気になるような状況を作ってしまうからウイルスが住み着くのであって、最初にウイルスに侵されて肺炎になるということではないのです。

このような例がいろいろな病気について言えることです。

腎不全を例にあげてみましょう。クレアチニンの数値が上がり、さぁ透析だ、あるいは腎移植だということになります。透析したら腎臓が治っていくのか?まず治りません。一生透析を続けることになります。

悪くなって直ぐなら腎臓も手当てをすれば治ります。正常な機能が回復されます。現代医学の治療手段は薬がメインです。その薬を使って治せないものは、治らないと決めつけてかかっています。どこかに治したという症例がなければそれでおしまいです。

透析は対症療法です。数値を下げることや、症状を一時的に麻痺去るようなことです。それでは病気を根本的に治すことにはつながりません。腎不全ならまず腎機能を正常にすることでしょう。機能が落ちたものは治らないから、その代りをする薬を投与する。これでは腎不全を治すということから遠く離れてしまいます。

医療機器や検査機器といったものの進歩には目覚ましいものがあります。これらを否定するつもりは毛頭ありません。しかし最初のベースになる考え方に問題があるのです。

検査や試験結果は私の施術に於いて、大いに役だっていますが、ある時には病気を重篤にしている検査もあります。穿った見方をすれば、検査をして悪い所を見つけたとしても治せないなら、その検査は無意味に終わってしまいます。このために過分な医療費をかけるのはいかがなものでしょうか。現象や結果だけをみるのではなく、その先を見ることが必要なのです。

治せる医療に変える

現代医学では病気を治しているのでしょうか?

○膝が痛いというだけで1年も2年も病院に通院している人がいます。

○高血圧で20年も降圧剤を飲み続けている人がいます。

○糖尿病で10年もインシュリンを打っている人がいます。

○血液をサラサラにする薬を10年も飲み続けています。

○狭心症の薬を15年も飲んでいる人がいます。

○透析を10年続けて亡くなりました。

これが現代医学の現状です。病気が治っていません。ただ根気よく対症療法を続けています。気の短い私には出来ません。非常にお金のかかる医療です。

現代の医療は薬に頼った医療で、薬なしでは語れません。薬で病気が治せないことが解っていながら続けています。薬は一時的に症状を抑えたり、痛みを感じなくさせるものがほとんどです。また機能障害を起こしているものの機能を仮に代替するものでしかありません。最悪なのは多くの副作用をつくることです。またそれによって新たな病気を作っています。

新薬の開発という言葉をよく聞きます。病気を治すには薬しかないという発想が医学界にあります。製薬会社はこぞって売れる新薬の開発をしています。何故薬から離れた方法で病気を治そうとする発想にならないのでしょうか?

古くから「薬を飲めば病気が治る」という人々に植えつけられた観念があり、勧められれば、投薬治療はすぐに受け入れられ、薬なしの治療はあり得ないということになります。まず人々の薬信仰から正していかないといけないのかもしれません。

気になって並べた10種に満たない病気で、おそらく7,8兆円の医療費が使われているでしょう。この他にも病気の数は数え切れないほどあります。直に病気を治していれば使われる医療費は、現在使われている医療費の1/10にも満たない金額で事足りるでしょう。一刻も早く治せる医療に開拓していかなくてはなりません。そうしないと未来がありません。

こんな話があります。70代の女性の実際にあった実話ですが、10年来14種類の薬を飲み続けていました。ある時にあまりの副作用でめまいを起こし倒れました。救急車で病医院に運ばれました。その後起き上がれなくなり、現在は寝たきりになってしまいました。救急病院の医者が言ったそうです。「これはひどい」 あまりの薬の多さとその使われ方に対してです。これでは医療費が上がるのが当然です。

薬付けの医療を見逃していたら日本はどんどん貧乏になってしまいます。

治せる医療の医師を育てる

医療開拓の要は、人間に優しい治せる医学を構築し、その従事者を作っていくことです。いきなり、医療を転換することはできる訳がありません。新しい医学の元にその教育を受けた医師を作っていくことには時間がかかりますが、やらなければ日本の医療財政は崩壊してしまうでしょう。また、徐々に代わっていけば医療従事者の混乱は少なくて済みます。

現代の医療従事者は恵まれた環境にいるとはとても思えません。むしろ労働時間などでは劣悪な環境にあると聞いています。みなさん大変なおもいをし、人々のために尽くされています。その犠牲の上に成り立つ医療は健全ではありません。収入も余暇も人並みにあっていいはずです。そのような世界をつくるには、間違いのない医療の元に、治せる医療を作っていく他にはありません。

病気が治らないから、リピーターが増えていきます。そこに新しい患者が来れば益々増えていき、そこで働く人の仕事が増えていきます。一人ひとり確実に治していけば、仕事の量は減ってきます。100回来ても治らない人を2回で治してあげ、100回分の治療費の半分をいただけばそこで働く人は潤い、国も助かります。

国民に自分の身体を自分で守る観念を育てる

何かが間違っています。自分の身体を自分で管理するという考え方が現代人から奪われています。病気になったら病院に行くというのが現代の常識です。そこには何の疑問も浮かびません。

毎日毎日の日常の生活習慣が病気を作っていると説いている人もいます。まさにその通りです。病気にならないようにしていくということが、個人個人に徹底されれば病人の数は激変するでしょう。風邪くらいで病院に駆け込む人はいなくなるでしょう。それには正しい医学の知識をもつことです。間違った医学知識で判断をしていたら恐ろしいことになります。医学の開拓と同時にあることです。

自分の病気を自分で治していくという考えが根本にあれば、安易に病院に駆け込むことはなくなります。医療機関は煩雑さから解放されます。「ただでさえ赤字の医療機関がますます赤字になるではないか」そのような懸念が生んでくるかと思いますが、徐々に変革されればあり得ません。むしろ医療のより良い環境が出来てくると思います。

正しい医療知識を国民に教育する

治せる医学が確立され、その知識を国民の一人ひとりに教育していくことがより良い方法です。小学生の高学年から中学生に至る時期に、義務教育として医学を教えていくのです。正しい医学が身についてくれば病気になる人が減ることは確実なことです。

医学を専門分野としたことが、一般人の介入を許してくれません。ただ現代医学のような投薬や手術を主体とした医学ではまかり間違えれば大変なことになります。当然のことなのでしょう。

国民に教育していく医学は、薬や手術の医学ではなく、薬や手術を用いない安全な医学を確立すれば問題はありません。

薬主体の医学から本物の医学の知識を国民にもたせる

現代医学は薬主体の医学です。薬は病気を治すものではありません。一時的に症状を消すだけの対症療法の道具です。ですから20年も薬を飲んでいながら病気は治らないのです。

「医者が無力なワケ」という本の神津健一さんが「恐怖の薬・10カ条」というのをあげています。

① 薬は栄養学の分野では毒物・劇薬に属する。

② 薬による根治治療はありえない。

③ 薬には副作用がつきものである。

④ 薬は決して体質改善をすることができない。

⑤ 薬は決して栄養素にはなりえない。

⑥ 薬はガン細胞の栄養素になる。

⑦ 薬は免疫機能を低下させる。

⑧ 薬は生体の細胞組織を傷つける。

⑨ 薬は正常細胞を壊死させ寿命を縮める。

⑩ 家庭から常備薬(置き薬)をなくそう。

まさにこの通りであると思います。何百年と続いた薬信仰が「病気は薬を飲めば治る」という観念を植え付けてしまいました。

時代小説などで、病気の母に朝鮮ニンジンを飲ませてあげたいと、苦界に身を売る娘の話などが出てきます。当時、朝鮮ニンジンは最高の薬と思われていましたが、高価で庶民の手の届くところにはありませんでした。

三国志に出てくる曹操に殺されてしまう当時の名医華佗は、薬を使うことを嫌いました。五禽戯という気功を作りそれを奨励しました。

5年ほど前になりますが、フランスの方から招かれ、何人かの病気の人を治していました。そこでのことです。御主人の甥ごさんが祖母と一緒にバカンスにきていました。水遊びが好きな少年が朝から晩までプールで泳いだりして遊んでいました。次の日プールで遊ぼうともせずに「耳が痛い」と泣いていました。夜も眠なかったそうです。お祖母さんが心配して、御主人に頼み医師に往診をしてもらいました。私はそのやり取りを側にいて聞いてはいたのですが、何せフランス語、理解することはできません。医師が帰った後、御主人が「ミスター真々田、医者は抗生物質を飲ませる以外に治せる手立てがないというが、本当か」というので、「抗生物質なんてとんでもない。簡単なことだよ、今、治してあげる」といって、直に少年の耳の痛みを取ってあげました。10分程度で治りました。勿論、私の株は上がりました。少年は直にプールで大騒ぎです。

ここで私の自慢話をするつもりではありません。その時の御主人の賢明さに感服したのです。日本人なら疑いもせずに医者の勧める抗生物質を飲ませていたでしょう。薬の良し悪しを吟味し、薬以外の方法で治してあげようとする賢明さです。日本人に是非見習ってもらいたいことです。日本人に於ける医者の意見は絶対的なものです。間違ったものでも疑いもしません。この点が問題です。

でも、ある医師はこう言います。「制ガン剤を与える前に自分で飲んでみるといいんだ。どれほどおかしくなるか分かるから。絶対に治る保証なんて1%もないのだから、俺なんかとても飲めないね。ガンになったら先生の所へ来るよ。鬱の薬だって同じだよ、自分で飲まずに人の身体で試しているのだから酷いよな。そうやって試して報告書を出せば研究費が貰えるものなぁ」これは実際の話です。現場にいる医師も、薬に対して多くの疑問を持っている人が少なくありません。

病気を治すに薬は必要ありません。勿論サプリメントも同じことです。薬には一時的に症状を消してしまうものがあります。しかしそこには副作用という新たな病気を作り出します。

一時的に症状が消え、苦しみから逃れた時に、自己治癒力が働き身体を治していくことがあります。ここで大事なのは薬が病気を治すのではなく、自分の力で治しているのです。勘違いしないことです。でも、全ての薬にこの効果がある訳ではありませんが、この点が人々の薬信仰を作っていったのでしょう。薬を飲み続けることは自分の身体を痛めつけていることと何ら変わりはありません。大事な身体ならもっと労わってあげるべきでしょう。

「薬は良くないよ」と薬の長短を説明すると、若い人は割と理解が早いのですが、年配者はなかなか信じません。その場は解ったようでも、医者に「飲まないとだめだよ」と言われると直に元に戻ってしまいます。こんな話もあります。「先生に薬はだめだと言われたので飲んでいません。その代りこの間点滴をしてもらいましたが、でもこんな身体になってしまいました何とかしてください」強いステロイドで身体がむくみ歩くのがやっとという状態です。これを聞いた途端、あいた口が塞がらないといった感じです。まるきり理解されていません。この程度の知識しか持ち合わせていない人があまりにも多いのです。やはり国民の一人ひとりに正しい知識を植え付けされることが、日本の財政を脅かしている医療費の増大を防ぐことにつながるような気がします。

予防医学を国民に徹底する

病気になってから何とかするのではなくて、病気にならないようにする。これが大切であることは多くの人たちが述べていますが、どうしたら予防できるかがまるっきり分かっていないようです。

「早期発見することが大事だ」とまめに検査をすることを勧めています。10人以上(?)いる事業所では義務付けされてもいます。定期健診が実行されて何十年も経つのにガンは一向に減らず増え続けています。いろいろな病気が増え病人が増えています。それで赤字経営を少し減らせる検査機関だけが一息ついています。

検査して病気を発見しても治すことができなければ、益々病人が増え、国民総医療費が拡大します。何という愚策でしょうか。

病気をしない身体を作るには、人間の身体のあり方を学ばなくてはいけません。早く病気を発見したからと治せない医学では意味のないことで、また病気でもないのに無理やり病気にしているものまであります。コルステロール値や高血圧値などはその最たるものです。「高血圧だと脳卒中や心臓病になりますよ」と脅かし、勝手に作った基準にあてはめるだけで、どれだけの医療費が使われるのでしょう。恐らく兆の金額が無駄使いされています。ある人は製薬会社の陰謀だと言っています。

人間が本来あるべき食事の摂り方。適度に身体を動かすこと。この二つを実行するだけでも病気を予防することができます。

病気を予防する方法はまだまだありますがここでは割愛しましょう。

保険制度を変える

日本は皆保険制度で誰でも保険を受けられるようになっています。世界でもこのような仕組みにあるところは少ないでしょう。

アメリカなどでは、保険は個人個人で入り、また入っていない人多いようです。そして日本と比べ医療費が高いことでも有名です。自分の責任に於いて自分の身体を守るという考えでしょう。私は大変良い考え方で平等であると考えています。自分の不注意で病気になってしまったのに、その負担を皆に持ってもらおうというのはあまりにも虫が良すぎます。「お金がない」「何で貯蓄をしてこなかった。生活が苦しくて貯蓄が出来なかった」「それでは病気にならないような生活をなんでしてこなかった」といえば、「知らなかった」言い訳にしか過ぎません。

自分の付けを人に払わせる、払わされる方はたまったものではありません。これが平等でしょうか?

民主党は後期高齢者の医療費負担を0にするといっています。そこである議員が「これまで日本の発展を支えてきた人たちに過酷な負担をさせてはいけない」というようなもっともらしいことを言っていました。選挙での票稼ぎの言葉でしょうか。しかし後期高齢者の全員の方が日本の発展に寄与してきた人たちでしょうか。全ての人が本当にそうなら、何をおいても助けていくのは当然のことといえます。でも残念ながら自分の私利私欲のために生きてきた人もいます。そして最後まで自分の都合の良いことばかり言っている人も少なくありません。その人たちのために保険を無造作に使っていたら国の財政は破綻をきたします。

私が言いたいのは、そのような処に線を引くことが必要ではないかということです。何もしないでただブラブラとして「病気なってしまってから助けて下さい。あるいは国は助けるのが当然だ」的な人にはお灸をすえる必要があります。病気が治り元気になったら、人のために尽くすことを約束させることです。後記高齢者だから何もできない。そんなことはありません。公園の草むしりでも、ゴミ掃除でも、子供たちの通学の安全員などは直にでもできます。そこに使われる事業費が削減されその分使われた医療費に補てんすることができます。そして何より本人が健康になれます。

労働奉仕銀行などというのも考えられます。元気な時に社会のために奉仕をしておき、自分に助けが欲しい時にそれを使う。たとえば、病人のいる大変な家族の所に行って介護をする。その時間を貯めておきます。社会のためになることだったら、何でも時間単位で貯蓄ができる。他にもいろいろなことが考えられます。でも何もしてこなかった人はお金を払う。これなら平等です。

このようなことが徹底されれば皆保険制度が健全になります。一律に適用させることは平等ではなく不平等です。それが分かりませんか?一部の不心得者のために財政を破綻させてはなりません。75歳以上なら何でもかんでもただにするというのもまたおかしいですよ。

西東京市の一世帯当たりの国民健康保険の支払額は8万円/年だそうです。1世帯当たり約3人ですからそこに使われる医療費は約78万円になります。自己負担率の3割を引き、更に健康保険料を引くと46.6万円になります。国は1世帯当たり46.6万円の医療費を負担することになります。これではおかしくなります。国は23兆円以上の税金を投入することになります。財源を消費税に求めるこれも平等ではありません。

また保険料は収入に合わせるのではなく、病院にかかった回数や支払った金額などで変えていく。車の保険と同じように事故率によって変化させることも必要ではないでしょうか。

使わない人の保険料は据え置きされ、よく使う人の保険料は加算される仕組み。これが正常だと思いませんか。

国民が病気を知り、ならないようにする。なったら自分の保険のこともしっかりと考えるようにすれば、医療費の無駄使いを防ぐことができます。

野党の議員や知ったかぶりの人が、あの施設は無駄だ、道路が無駄だと重箱の隅突っつくような追及をしていますが、一番無駄使いをしている医療を正すことが最初ではないでしょうか。

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