「ガンは結果である」と説いた学者がいた。千島喜久男先生。さまざまな論文、記事、著作において千島学説に関する記述に出会うたび、興味を喚起される。私は以前から「病気は結果である」と説いてきた。千島学説が私の主張の後ろ盾になってくれている。

いろいろな身体の不具合の結果としてガンになる。シンプルで納得がいく。結果をつくっている原因を正せばガンは治っていく。でも現実はそんなに簡単ではない。やはり最初に結果として現れている部位を正す必要がある。そこを放っておいて原因を正せば何とかなるとするのはちと早計である。

ガンだけとは限らない、病気の全てが身体の不具合の結果である。筋肉を固めコリをつくる。血流を悪くなる。臓器や腑の動きが狂いホルモンの分泌を狂わす。その結果、病気になる。悪い状態を作らず、またそれを正していれば病気にならず未病に止まる。これが私の病気に対する基本理念である。

ガンでも他の病気でも、出ている結果をまず正常にしつつ、原因を正していくことだ。何故なら、病気を作っている原因は、そう短期に正常にはならない。その間に病気や症状が進んでしまうことが多い。出ている結果を正常にしながら、原因を正していくことが必要なのである。

人はよく、食事療法やサプリメントといったことで解決しようとする。しかしこれでは進行しているガンには間に合わない。直接ガンを正常な方向にもっていくようにする事だ。

何か悪いことをして他人に損害を与えてしまったとする。常識のある人間なら、まずその損害を償うことをするだろう。そして次に原因を正し、二度と同じことのないようにしていく。

原因を正すには、原因と結果を正しく分析する能力とそれに伴う技術が要求される。それに食事や思い等がプラスされてもよい。

病気の要因

以下のことに注意をしてみよう。これらはガンだけではなく、いろいろな病気をつくる原因(もと)にもなっている。また病気を悪化させてもいく。

○過労働

過ぎた労働だけではない。夢中になってパソコンをやって身体が固まった。ゲームに夢中になって時を忘れた。これなども同じこと。夜更かしもいけない。

○スポーツ

過度のスポーツも身体を固め老化させていく。

○姿勢

日常の悪い姿勢が身体を固めていく。

○ストレス

ストレスが身体を固めていく。適当なストレスは良い方向にも働くので、悪いストレスと定義しなくてはいけない。

○食事

血液を汚染させない。身体に負担のかからない食事が前提となる。

○環境

劣悪な地域環境。一日中陽の当たらない部屋での生活。身体に有害な建材を使った住居での生活。

○医療

○思い

恐れ、不安などは特に

○薬の副作用。間違った薬の投与。無意味な手術の後遺症。

これらの要因は、筋肉を緊張させ、固め、コリをつくりだし、病気の原因となるのである。

机上の論理

とかく机上の論理が行き交う。

免疫療法などがその例だ。

免疫力を上げることが病気を作らない最大の方法であることに間違いはないだろう。しかし、巷間を見渡しても免疫力をあげる方法として「これは」というものがない。たとえば指の爪の根本を針のようなもので突いて刺激すると免疫力を上がるという方法があるようだ。(刺絡法ともいう) 針で突っつけば、刺激と痛みから血行が瞬間的に良くなる。その時に免疫力が上がるのかもしれないが、持続はしないだろう。この方法を唯一のごとく、免疫学の専門家が提唱していた。何とも乏しい。

免疫力をあげるには、腸を正常にし、全身の筋肉を緩め血行を良くすることだ。いくら白血球の割合を高めたとしても、血行が悪かったら肝心な処に届かない。

ガンは、高免疫力によって治るとしている学者が多いが本当にそうであろうか?

私はこの説を受け入れられない。

免疫力というのは、疾病、特に感染症に対して抵抗力を獲得する現象である。非自己から自己を守る機構で、外部から異物が進入したときに、それを排除するといった働きである。

ガンは身体の内にできるものである。自分自身であることに変わりはない。免疫力がガンを攻撃して退治する。自分をやっつけるということである。そんなに都合良く働くのであろうか? 机上の論理としてもおかしい。

体温説は?

ガンは体温を上げれば治る。としている先生もいる。ガン治療に体温を上げることは有効であることには間違いはない。血行を促し、筋肉を和らげるからだ。しかしその方法として、ショウガ湯を飲む、根野菜を摂る。ではなんとも寂しい。

体温計を計測する場所は脇の下が多い。ここの体温を上がったからといって全身の体温が上がった訳ではない。体温計で計ったら36.5度。でも「冷え性で足先が冷たい」では体温は正常ではない。

免疫力と同じで、全身をスムースに血液が流れ、固まった筋肉が解れて、動くようになって、体温が上がるのである。食事によって一時的に計測部位の体温を上げても何にもならない。大事なことは、ガンが作られている部位はもとより全身が、36.5度から37度の体温になっていることである。そうでなくては意味がない。

何かが足りない、何かを増やすというと直ぐに食事療法やサプリメントが出てくる。対症療法である。食事療法は時間が掛かる。ガンを治す為の食事療法も同じである。時間が掛かる。それでは進行するガンは待ってはくれない。玄米食にした。キノコを食べた。アガリ???も飲んだ。何か勘違いをしているようだ。

免疫力や体温を上げる為に食事も無視できないが、それは方法の一つにしかすぎない。 体温を上げる最も効果的な方法は、血行不良を起こしている硬い筋肉を解し、全身をくまなく血液が流れるようにすることなのである。

ガンを恐れるな

私はこれまでに数種のガンをみてきた。残念ながら施術結果はパーフェクトではない。

何故なら、手術や抗ガン剤、放射線の治療に委ねてしまう人が多いからだ。私の療法と、抗ガン剤治療を併用しても上手くいかない。その変わり私の施術法を信じてくれた方の結果はすこぶる良い。

ガンをそんなに恐れることはない。「こんなものができちゃった」と平気でいればよい。平常心でいれば何ほどのこともないのだが、ガン専門医は「放っておいたら直ぐに大きくなって死んでしまいますよ」と「不安」と「恐れ」を焼き付ける。医者の最初のこの一言がガンを増殖させる要因になる。

脅しの治療

現代医学のガン治療は完全ではない。暗中模索の処にいる。なのに「この治療を早く行なわないと取り返しがきかなくなりますよ」と完全でない治療法を勧めてくる。

現在のガン治療が正しいなら、もっと確率よく治せてよいはずだ。しかし統計で見る治癒率の数字はそれを否定している。

確率の高い治療法の無い状況下あるのに、「ガンは恐ろしいものだ」と患者に植え付ける。それを受けた人は尋常ではいられない。「ガンになったら死ぬ」という情報しか伝わっていないからだ。医学が完全で95%治るものであったら、脅し文句を聞いても「あっそう」程度ですむ。しかし現実はそうではない。恐ろしいものだと脅かされれば「悪い思い」を持つことになる。そして病気は進行する。もしこのことを知っての発言なら犯罪になりかねない。

現代医学には治療指針がある。医師たちは、こぞって手術、化学療法、放射線療法を行っている。でもこれらの成功率は極めて低い。

毎回同じ治療法を用い、多くの患者が死んでいく。「今回も駄目だった」。それを見続けていて何故やめないのだろうか?

治療をやめてくれたら、どれだけの人が助かるだろうか。おそらくガンの死亡者数がその瞬間から下がるだろう。

ガン検診と死亡者数

こんなデータがある。国立ガンセンターの統計によると、1950年に65,000人だったガン死亡者数が、1981年には165,000人に、そして2008年には343,000人になっている。医学が進歩したと言われているのに、矛盾した数字である。何故、「進歩した」といわれている医学で救われていないのか。

一つにはガン検診にあると考えられる。ガンは早期発見が良いと言われている。しかし本当にそうなのだろうか?

毎年のように優れた検査機が開発されている。それまで発見されなかった小さなガンまで発見されるようになった。ガンの発見率が上がり、ガン患者がどんどん増えていく。
ガン検診の歴史を追ってみよう。1960年に宮城県で検診車の巡回で胃ガンの集団検診を行ったのが最初のようだ。ついで子宮ガン検診が広められた。

1966年胃ガン検診、翌年には子宮ガン検診が国庫補助の対象になり、1983年老人保護法が施行され、市町村を実施主体とする法律に裏付けされたガン検診体制が発足した。1987年には肺ガン、乳ガン、1992年には大腸ガンも取り入れられた。因みに1966頃から国のガン対策が行われた。

ここで注目したいのは、ガン検診が全国的に行われるようになった80年代に、急激にガン死亡者数増えていることである。2008年の死亡者数の増加は、1992年の大腸ガン検診が取り入れられた時からである。この間の1983年から2008年の25年間に倍以上になった。まさに鰻登りである。

完璧なガン治療が確率しないうちに、ガンがどんどん発見される。検査でガンを発見すればそれを直ぐに手術や抗ガン剤と治療を施す。その結果死んでいく。そして死亡者が増えていく。

検診して発見しても、放っておけばガンの死亡者数はこんなに増えていなかったはずである。

最初に検診を始めた人たちの発想の原点は、「病院で漫然と患者さんを待っていたのでは、進行ガンを診るばかりだ」だったようだ。未熟なガンなら直ぐに治せると考えたのかもしれない。しかしその時代(現在もだが)、発見しても完璧に直せる医療体制が出来ていなかった。ここに誤りがあった。 藪をつついて蛇を出したのはよいが、捕まえられなかった。

発見されずに、「そおっ」としておいた方がよかったのではないだろうか。また発見されたとしてもそのままにしていたら、こんなに死亡者は増えなかったと思える。ガンとはそのようなものだ。いじくるからいけない。

せめて、「倫理上放っておけない」なら「現在はこの治療法しかない。確率は非常に低い。それでよろしいですか?」と正直に言って欲しいものだ。

多くの患者さんを流行の治療法に誘導し「これをやれば助かる」と植え付ける。結果多くの人が死んでいく。

病気を知らない人が病気の治療をする。これは恐ろしいことである。毎日が試行錯誤で実験を繰り返されたのでは、病人はたまらない。

どう見ても現代の医療では、ガンを発見しても治療はしない方が良さそうだ。その方が絶対に長生きができる。

細胞分裂説の捉え方

まずガンはそんなに急に大きくなるものではない。何年もかけて大きくなっていく。ただし生験などを受け、細胞に傷を付け空気に触れると急に大きくなる。

細胞は分裂していくという分裂説がある。 細胞分裂説はドイツのウィルヒョウが1859年に唱えたものだ。

現代医学においては、このウィルヒョウの説を取り入れ、細胞は分裂して増殖するととらえ、ましてガン細胞は無限に分裂して急速に増殖するとするむきが大勢を占めている。

これに異論を唱え独自の理論を提唱したのが、千島喜久男博士である。

千島博士はガン細胞が無限に分裂増殖するのは異常な環境下での一時的な非常事態行動にすぎず、体内にあっては一個のガン細胞が勝手に無限増殖する事は有り得ないとしている。

また千島博士は、赤血球が原始生殖細胞や生殖腺に分化し、細胞になることを発見した。

ある研究者は、この二人の研究のずれは標本の作り方にあると述べている。異常な環境下にある細胞を標本としたウィルヒョウと、正常な環境化にある細胞を標本とした千島博士の違いである。

私も元来細胞分裂説を否定している。何故ならガン細胞の増殖のように他の細胞も分裂していったら、人間はどんどん巨大化しなければならない。

また血液も骨髄から作られると言う説が主流であるが、私は受け入れられない。

現代医学では、白血病に於いて骨髄移植という方法が取られているが成功率は高くない。根本の造血という部分で間違っているから治らないのだ。白血病は腸を正常にし、全身の血行を良くすれば治ると私は考えている。血液が骨髄から作られるのは、絶食時や栄養が枯渇した異常事態の時であると千島博士は述べている。

食べ物が身体の中に入り、腸という器官を経て、血になり細胞になっていくのである。

血液は腸から作られ、細胞は血液から作られていく。これが正しい考え方だ。食べたものが血となり肉となるというのが素直だ。

この理論を千島喜久男博士が提唱したのは1940年代前期、私の生まれる前だ。その理論を追試した森下敬一先生が、1968年の国会の科学技術振興対策特別委員会に、東京都葛飾赤十字血液センター所長という立場で参考人として出席され、細胞理論と血液理論を滔々と述べられている。読者諸氏も機会があったら、ぜひ報告書に目を通してほしい。一見に値することは間違いない。

ガン細胞が倍、倍と分裂して大きくなると考えるからおかしくなる。とにかく血流をよくして血液をきれいにしてやればガンは退縮していく。

ただし非常事態宣言を発しているガンもある。ガン細胞に血液が途絶え壊死しかかったガンである。このようなガンは細胞分裂して大きくなると考えられる。だから偶に倍々と大きくなるケースが存在するのである。特に生験をしてガン細胞に傷を付けたり、抗ガン剤を投与すると、全体の細胞にダメージを受ける。そして硬くなった筋肉は血流を悪くする。元々悪い部分の細胞であるガン細胞には血液が途絶え、非常事態宣言が出る。まさにその時であれば細胞分裂が起こりうるのかもしれない。

病気を治す手だてとして検査は有効なのか?

医者の興味本位で「生験」なるものする。ガンの程度を知る為に行うようだが、この「生験」が飛んでもないリスクを作る。

小指の先程のガン腫瘍が「生験」をした途端に親指大になってしまう。大きくしても100%治せるなら許せる行為だが、ただ「知りたい」と言うだけの理由で行うなどもっての外だ。

「生験」だけではない。CT、MRIだ、PETだと、もの凄い放射線を当て、生体細胞にダメージを与えてしまう検査を、数多く行うべきではない。

全ての検査を否定してはいない。ガンがあるのかないのか。また、あるとすればどこに存在するのか。これを知ることは決してマイナスではない。ガンの程度や場所を知ることは、イメージしやすくなり、治癒させるに大いに役立つ。どんな検査も断り、ガンであることも知らずに最悪の事態を迎えてしまうよりは、簡単な検査でもガンの存在を見極め、有効な治療を行うほうがはるかに良い。だから現代の武器を上手く使いこなすべきだ。

ガンはどうして出来るのか?

難しい問題ではある。しかしこれを理解せずにガンを治すというのは不可能であろう。

ある細胞に血液が途絶え、栄養が届かず正常な代謝が行われなくなると、細胞は老化し、それは周りの細胞と異なってくる。そして周りのものを取り込むような独自の動きをしてくる。腐ったものが増えていくのと同じである。そしてあるものは硬くなってくる。

細胞の代謝は、その時の状態をコピーするので、その悪い状態を分化していく。そしてガン細胞はつくられ大きくなっていく。と仮定している。

私のガン対策

私の施術法は、先ず結果に対処し、そして原因を正していくのが基本である。

他の病気もガンも、作られている部位への血行を良くすることから始める。そして全身のコリを取り全体の血流を良くしていく。また症状として痛みがあるものは、痛みを取るようにしていく。

この痛みを作った原因はこっちだからといって痛みの出ている箇所を放って於いたのでは、治せるものも治せなくなる。それでは治癒力が出てこないからだ。その治癒力とは世間が自然治癒力と称しているもので、私はこれを自己治癒力とよんでいる。

身体が痛みなどの束縛から離れ自由になったときに自己治癒力は生まれてくる。

そして腸を柔らかくして、造血を正常にしていく。またこの事によって免疫力が増してくる。

それから患部が手の届く処であれば手で触れ、柔らかくして血行を良くし、手の届かない処であれば気を送り柔らかくしていく。正常な血液がガンに流れ、ガンが良い方に変化していく。その状態で代謝されればガンは変わっていく。

この方法を繰り返すことによって、ガンは正常細胞へて変化していく。

経験では、抗ガン剤等を受け、全身の細胞が痛め尽くされた人の場合、この施術を行うと、一時的にガンのマーカー値が高くなることがある。それは全身の細胞が元気になるのと同時に、ガン細胞も元気になってしまうからで、それを通り越すとガンは退縮していく。

まとめれば、まず全身の、特にガン部位の血行を良くしていくのと同時に、健全な食事療法を行う。加えて、良い「思い」を持ち(詳しくは後述する)、気功をすることである。

創造主の知恵

私はこの世の創造主が人間を創造したとき、病気になることも、治すことも同等につくられたと思っている。

人が病気になるということは厳然たる事実として、特別に考えを持たれることはなかった。しかし治すことは難しいことと捉えられ、医学と言うものができたのだろう。人類は医学によって病気と苦闘してきた。

でも創造主は病むことだけではなく治す手だても私たちに与えてくれている。 創造主が創造した全ての病気を治す手だてを人が理解してこなかっただけだ。

ガンだけではない。治すことの難しい難病の手だても創造主はちゃんと教えてくれている。私はそれを信じ実行し施術に当たってきた。結果、170種以上の病気を治す事に成功した。

現代医学の正規教育という点では、私は無学である。しかし発達途上の無知な医学を学んでこなかった分、病気の成り立ちをしっかりと掴んでこられたと思っている。

ガンという病気をもっと知るべきである。人間が創られてきた原点から考えるべきである。

「思い」

最後に「思い」が、病気をつくる。また治していく力があることを述べたい。

現代医学の分野にいる人の中にも、「思い」が病気を変えていくことを理解してきている先生たちがいる。嬉しいことである。人間は機械ではないのだ。

人の身体は「思い」が支配するといって良い。思いを失ったら植物人間に等しい。「何かしよう」という思いが身体を動かし、ホルモンの分泌を促し、筋肉を動かしていく。 全ては「思い」から始まるのだ。

病気になって「私は駄目だ」と思った時から駄目な方向に向かってしまう。 ホルモンの調整も、筋肉の緊張も。 病気になって「最高」と思ったらどうだろう。そうすれば最高になる為のプログラミングが作られる。

私は病気になると嬉しくなる。どうやって克服するか?どこまでダメージを受けてから回復できるか?などと考えてしまう。

私の知識の多くは教えられたものではない。授かったものだ。知りたいと願望し、待てば良い。それが私の教科書である。

病気になって、それに恐れ、悩めば、それに応じた結果しか現れてこない。例えば「この病気はどうなっているのだ」というような好奇心を持っていると、病気が病気でなくなってくる。楽しくさえある。

人は悲劇のヒーローやヒロインを演じたくなるのだろうか。それによって同情を得たいのか。でも別の人にとっては、まさに他人事。さほど深刻に事態を重くみることはない。 そんな観客の為に名演技を披露することはないと思うのだが、一世一代の名演をしたくなるのだろう。

しかし今やガンは3人に一人かかる病気である。「私はガンよ」と叫んでみても、「あら、お気の毒」程度のことでしかないのではないか。

考え方を変えようではないか。末期ガンという診断を受けたら、周囲の心配をよそに何気なく装い、末期ガンを克服してみようではないか。それも世間が知らない方法で。その方が余程世間の注目を浴び主役を演じることができる。

このような事も「思い」で現実化する事ができる。これがこの世に生まれた定義である。 ガンは手術や抗ガン剤、放射線といったもので治す病気ではない。良い「思い」と、それまでに作ってきた不摂生を正していけば、治っていく病気である。長年掛けて作るものだから、少し時間を掛けて治せば良い。

ある肺ガンの方にこんな事を言ったことがある。

「何十年も掛けてつくったのだから、20年位掛けて治せばいいではないですか」

その人は

「そんなにかかるんですか?」

と質問した後、暫く考えて

「えっ85歳になってしまいますよ。それまで生きられるんですか?

私は言いました。

「20年生きて、その時がきたらこう考えればいいですよ。早く治さないと死んでしまうと」

この話は作り話ではない。

もう一つの話がある。私の親戚の話で身近に起きたことだ。私の幼馴染である友の父君が65歳位の時、胃ガンにかかった。病院で手術ということになり、手術し、開腹したが、手の施しようがなくそのままに閉じてしまった。家族は 医師に「手の打ちようがないのでそのままにしてあります。余命1ヶ月程度なので好きなようにさせてあげてください」と言われたようだ。しかし当人、手術をして「もう治った」と思った。余命1ヶ月どころか、それから15年以上長生きした。これは典型的な「思い」が作り上げた事例だ。私はこれを奇跡とは思わない。

「思い」とはこういうものだ。ガンになったからといってネガティブに考えずに、ポジティブに物事を捉え良い方向に思っていれば、ガンも治っていく。

ガンを不治の病と考える必要は全くない。結果を正し、原因を取り除いていけば良いことである。

2010 3/1

2010 8/8 加筆訂正