通常、物理上の仕事をする上での力の方向は一方向ですが、それを二方向あるいは三方向、
更に多方向への力を組み合わせることができる業があることと、それを科学して更に発展させました。
押し比べや相手を投げるようなときに、通常一方向の力が働き、それに耐えられるか耐えられないかで多くの場合勝敗が決まります。
押し比べの場合などの単純なものほど、力の強いものが勝ちを収めることになります。
投げ技でも力の強いものが勝ちを収めることが多いのですが、これでは体格がよく力の強い者しか勝利者にはなれません。
「柔よく剛を制す」という言葉があります。業のあるものが力のある大きい者を倒す例えですが、
近年のスポーツはこのような世界とかけ離れてしまっています。
合気道などで、よく「相手の力を利用して投げる」というのがありますが、この例をとって二方向の力の説明をしていきます。
相手が押してきたときに、その力をそのまま自分で引く力に替えて、
その引く力を緩めずに、たとえば右斜め方向の力、あるいは右に回転する力を加えると、簡単に相手を倒すことができます。
まさにこれが二方向の力です。
ただし二方向の力を出すには、最初にある任意の一方向の力が継続しているのが条件で、
それが途切れたときにもう一方向の力を加えても、それは単なる一方向で二方向の力ではありません。
最初の力が途切れたときに0になります。そしてまた新しく違った力が来たということになります。
この理を高めていくと、三方向の力、多方向の力を出すことができます。
楊式太極拳の中に摟膝拗歩(ロウシーアプー)いう技があります。これはまさに二方向の力が組み合わされています。
相手に脚で廻し蹴りのように蹴ってこられたときに、その蹴りを直線的に受けるのではなく、
前にある腕を円窓にして外回転を加えて受け流しながら、片方の手を相手の胸に当てそれを直線的に相手側に送ると、
相手は前足の斜め方向に飛ぶような形で倒れていきます。あるいは蹴りのない状態で相手を倒すときにも、
前足のある側の手を廻すように腰を廻しながら、もう一方の手を相手の胸に当て、直線的に押すと相手は倒れていきます。
二方向の力を作るには腕の操作で力を入れるような単純な動きではつくることができません。
摟膝拗歩の技の場合、前足側の腕を廻す場合には、腰の回転を使い、前に押す力は後ろ足を伸ばすことで力を合成していきます。
そしてこれらの力が万遍なく出した時に通じ、どちらか一方が強く働くと技はかかりません。
両方向ともに同じような力が二方向に働いたときに成り立つということです。
よくある腕に力が入った状態では二方向の力を組み合わせることは不可能です。
腕は伸筋を使って張りをつくり、曲がらないしっかりとしたものとして、
そして腕ではない、他の部位の筋肉を使って二方向の力を出すということです。言ってみれば勁力の組み合わせを行うことです。
甲野善紀氏の井桁くずしという技はたぶんに私の主張する二方向の技であるような気がいたします。
あの技を座捕りでやられていますが、立ち技として使えないのか聞いてみたいものです。
もしできないなら技としては発展途上にある初歩の段階といえます。
勁力を生かした力を組み合わせていくと、二方向から三方向、四方向にと変化させることができます。
前に押す力を肩から肩甲骨の筋肉を使い、回転を腰でつくり、上向きの力を後ろ脚でつくり合成すれば三方向の技に変化します。
座っても立っても自由に使いこなすには、ゆっくりとした動作で充分に練習をつみ、
その後瞬間的に使える技にしていくと技としての完成を見ることができます。