認知症・パーキンソン病――もう一つの見方

昨年だったでしょうか。

「認知症やパーキンソン病に有効な新しい療法が開発された」というニュースが報じられ、話題になったことがありました。

その一方で、しばらくすると認知症治療薬の副作用についても報道されるようになりました。

私はそれ以来、認知症やパーキンソン病についての新聞記事を、以前より注意して見るようになりました。

しかし、パーキンソン病について「病状が改善した」「治った」という報道を目にする機会は、ほとんどありませんでした。

そこで、私は一つの疑問を持つようになりました。

本当に、パーキンソン病は「治らない病気」なのでしょうか。

私はこれまで、かなりの数のパーキンソン病の方に接してきました。

そして、ここで私自身の経験をお伝えしておきたいと思います。

私の施術を受けた方の中には、身体のこわばりや動きにくさが改善し、日常の動作が楽になり、最終的にはほとんど治癒したと考えられる状態まで回復された方がいます。

もちろん、すべての方が同じ経過をたどるわけではありません。

途中で来られなくなった方もいます。しかし、来られなくなったということと、施術によって改善しなかったということは、同じではありません。

私が長年にわたって実際に施術してきた経験から言えば、パーキンソン病と診断された方の多くに改善が見られ、その中には、ほとんど治癒したと考

えられるところまで回復された方も少なくありません。

これは、新聞や書籍から得た知識ではありません。

私自身が実際にその方々の身体に触れ、施術を行い、その変化を見てきた経験です。

もちろん、私の経験だけでパーキンソン病について医学的な結論を出すことはできません。

それでも、長年にわたって人の身体に触れてきたからこそ、私は強く感じるようになりました。

病名だけでは見えてこないものが、身体の中にはあるのではないか。

最近では、認知症やパーキンソン病についても、以前より早い段階で身体の変化を感じていただけることがあり、私の考えを理解して施術を受けてくださる方も増えてきました。

そんな中、久しぶりにパーキンソン病の方を診る機会がありました。

その方は病院で、

「この病気は治らない病気です。進行をできるだけ遅くする治療をするしかありません」

と言われたそうです。

その言葉を聞いて、大きなショックを受けたと話してくれました。

私は、その方の話をしばらく聞くことになりました。

しかし、これは決してその方だけの問題ではありません。

「治らない」と言われた瞬間、人は病気だけではなく、自分の未来まで失ったような気持ちになることがあります。

だからこそ私は、病気について考えるとき、もう一つ別の視点を持つことも

大切なのではないかと思っています。

パーキンソン病をどう見るのか

現在の医学では、パーキンソン病は、脳内のドパミンを作る神経細胞が減少することなどによって、運動機能などに障害が生じる神経変性疾患として説明されています。

そのため、ドパミンの働きを補う薬物療法などが治療の中心となっています。

私は、こうした医学的な説明を否定したいわけではありません。

脳や神経の働きを考えることが重要であることも理解しています。

しかし、実際に患者さんの身体に触れてきた私には、どうしても気になることがあります。

それは、

筋肉の状態を詳しく見ることで、これまでとは違った身体の姿が見えてくるのではないか。ということです。

パーキンソン病では、

・手の震え
・歩行時のつまずき
・足が思うように前に出ない
・動き始めに時間がかかる
・動作の切り替えがうまくいかない

など、さまざまな運動症状が見られます。

これらを脳や神経の働きだけから考えるのではなく、その動きを実際につくっている筋肉が、どのような状態になっているのかという視点から見ることも

必要なのではないでしょうか。

MMSでは、身体の一部に長期間にわたる強い筋肉の緊張や硬直が生じると、その筋肉本来の働きが十分に発揮できなくなる。と考えています。

つまり、脳や神経だけを見るのではなく、筋肉そのものの状態にも目を向けるという考え方です。

長年の身体の使い方が筋肉を変える

私がこれまで接してきた方を振り返ると、パーキンソン病の症状が現れた方の中には、長年にわたって腕や脚を強く使ってきた方もいました。

例えば、

・日常生活の中で、腕や手に力を込める動作を繰り返してきた人
・スポーツを長年続けてきた人
・肉体労働などで、脚や腕を強く使ってきた人

などです。

もちろん、スポーツをしている人や肉体労働をしている人が、パーキンソン病になるという意味ではありません。

私が注目しているのは、長年の身体の使い方によって、特定の筋肉に強い緊張や硬直が残っていないかということです。

しかも、その変化は、身体を激しく使っている最中に、すぐ症状として現れるとは限りません。

長年続けていた運動をやめてから、何年も経って症状が現れることもあります。

そこで、私が経験した一例を紹介します。

テニスをしていた人の右手の震え

若い頃からテニスに夢中になり、長年続けてきた方がいました。

年齢を重ね、好きだったテニスをやめて数年が経った頃、右手に震えが出るようになりました。

病院で診断された病名は「パーキンソン病」でした。

テニスでは、フォアハンド、バックハンドともに、ラケットを握った腕に大きな力が加わります。

長年にわたって同じ動作を繰り返していれば、左右の腕の使い方にも違いが生じます。

実際、テニスでは「テニス肘」と呼ばれる障害が知られています。

私は、こうした身体の使い方によって生じた筋肉の緊張や硬さが、痛みだけではなく、運動機能にも何らかの影響を与える可能性があるのではないかと考えています。

特に、腕の力が弱い人ほど、ラケットを振る際に必要以上に力を込めてしまうことがあります。

左右の腕を比べてみると、長年使ってきた側の腕が明らかに太くなっている人もいます。

テニスを続けている間は、筋肉を使うことで身体がその動きに適応していたものが、ある時テニスをやめる。

すると、それまでとは身体の使い方が変わります。

その後、長い時間をかけて筋肉の状態が変化し、それがある時、手の震えなどとして現れたのではないか。

これは、あくまでも私自身の経験から生まれた仮説です。

しかし私は、こうした身体の変化にも目を向けてみる必要があるのではな

いかと思っています。

「筋肉を硬直させると、同じ動きには使えない」

MMSには、

「筋肉を硬直させると、同じ動きには使えない」

という考え方があります。

例えば、脚を強く使い続けることで、脚の筋肉が硬くなり、その状態が長く続いたとします。

歩くという動作は、単純に「脚を前に出す」だけではありません。

前に出した脚を止める。

次の動作へ切り替える。

身体のバランスを調整する。

こうした複数の動作を、さまざまな筋肉が適切なタイミングで働くことで、私たちはスムーズに歩くことができます。

ところが、筋肉の緊張や硬さによって、その切り替えがうまくいかなくなったとしたらどうでしょう。

「歩こう」と思っても、必要な筋肉が思うように働かなければ、身体の動きはぎこちなくなるかもしれません。

私は、パーキンソン病で見られる特徴的な運動症状の一部についても、こうした筋肉の状態から見る視点があってよいのではないかと考えています。

脳の神経伝達物質という視点から見ると、非常に複雑な問題になります。

しかし、実際に動作をつくっている筋肉を見れば、

「その筋肉は、本来の働きを十分にできる状態なのだろうか」

という、もっと具体的な問いを立てることができます。

私は、まずそこを確かめてみる必要があるのではないかと思っています。

筋肉の硬直とマイクロサーキュレーション

さらに、MMSでは筋肉の硬直を、筋肉だけの問題として捉えません。

筋肉が長期間にわたって強く緊張した状態になれば、その周囲の組織や血管にも影響を及ぼす可能性があります。

そこで重要になるのが、MMSでいう

「Micro Circulation(マイクロサーキュレーション)」

という視点です。

人間の身体は、無数の細胞によってできています。

そして細胞が活動するためには、酸素や栄養を届け、不要になったものを運び出す血液循環が欠かせません。

だからこそ私は、筋肉の状態だけを見るのではなく、

筋肉の緊張や硬直が、その周囲の微小循環にどのような影響を与えているのか

という視点も必要だと考えています。

例えば、

・脚が以前より硬くなっている。
・腕が以前より硬い。
・身体の左右で筋肉の状態が違う。

このような変化に、自分で気づく人はほとんどいません。

まして、人の脚や腕を触って、

「以前より硬くなった」

と確認する人もほとんどいないでしょう。

そのため、身体の変化が長い時間をかけて進んでいても、それに気づかないまま、ある日突然「病気になった」と考えてしまうのかもしれません。

「治らない」と決める前に

私は、現代医学を否定したいわけではありません。

薬が必要な人もいます。

医学によって救われている人も大勢います。

また、現在の医学が積み重ねてきた研究や経験を無視することもできません。

しかし、それと同時に、

「現在の医学で説明されていることが、身体についてのすべてなのだろうか」

という問いを持つことも大切だと思っています。

認知症も、パーキンソン病も、非常に難しい病気です。

だからこそ、一つの説明だけで身体を理解しようとするのではなく、

脳、神経、筋肉、血液循環、そして長年の身体の使い方。

そうしたものを含めて、もう一度身体全体を見直してみる必要があるのではないでしょうか。

私が長年、人の身体に触れてきて感じているのは、

病名を見るだけでは、人間の身体は見えてこない。

ということです。

「パーキンソン病だから治らない」

そう言われて落ち込んでいる人がいます。

その人に対して、私は簡単に「治ります」と言いたいのではありません。

そうではなく、

「本当に、それだけしか身体を見る方法はないのでしょうか」

と問いかけたいのです。

なぜなら、私は実際に、パーキンソン病と診断された方の身体に触れ、施術を続ける中で、症状が改善していく姿を何度も見てきたからです。

そして、ほとんど治癒したと考えられる状態まで回復された方もいます。

もちろん、それだけをもって、すべてのパーキンソン病が同じように治ると断言することはできません。

しかし、少なくとも、

「パーキンソン病は治らない」

という一言だけで、その人の可能性まで閉じてしまってよいのだろうか。

私は、そこに疑問を持っています。

病名がついた後にも、その人の身体は生きています。

筋肉も動いています。

血液も流れています。

そして、身体にはまだ私たちが十分に理解できていない働きがあるかもしれません。

だからこそ私は、病名だけを見て可能性を閉じてしまうのではなく、身体そのものをもう一度見つめ直してみたいと思っています。

私が長年の施術経験の中で見てきた「改善」という事実を、なかったことにしたくはありません。

それを医学的にどう説明するのか。

なぜ改善したのか。

どのような身体の変化が起きていたのか。

そこをこれからもっと深く考えていく必要があると思っています。

その「もう一つの見方」が、これまでとは違った発見につながることを願っています。単なる前腕の筋肉のコリ、脚の筋肉のコリがパーキンソン病の原因だと言ったら、有識者には笑われるかもしれません。

「そんな単純なことで、パーキンソン病が説明できるはずがない」

そう思われるかもしれません。

しかし、私はあえて単純に考えてみたいのです。

 

物事を難しく考え、そして難しく表現することは自由です。

けれども、どれほど難しい理論をつくり、どれほど難しい言葉で説明したとしても、目の前にいる人の病気が改善されなければ、それは何のためなのでしょうか。

病気を難しく説明することが目的ではありません。

人の身体を改善することが目的です。

私は、病気を考えるとき、

「本当は、もっと単純なところに原因があるのではないか」

と考えます。

前腕の筋肉が硬くなっている。

脚の筋肉が硬くなっている。

それが長い年月の中で、身体の動きや循環、神経の働きに影響を与えているとしたら――。

まず、そこを見てみる。

難しいところから始めるのではなく、目の前にある身体から始める。

私は、それがMMSの考え方です。

難しく考えることが悪いのではありません。

しかし、難しく考えた結果、何も改善されないのであれば、それは、

「野原に生け花をするようなもの」

ではないでしょうか。

野原には、すでにたくさんの花があります。

そこへ、わざわざ花を持って行って生けても、野原の花が増えるわけではありません。

私は、病気を必要以上に難しくするのではなく、身体をよく観察し、原因と思われるところを一つずつ見つけ、できるだけ単純に考えたい。

単純に考え、単純に処し、そして改善する。

それが、私の目指すMMSです。

 

 

認知症を考える

「認知症対策の大綱決定――『予防』に初めて重点」

2019年6月18日、産経新聞にこのような記事が掲載されました。

政府は認知症対策を強化するため、新たな大綱を決定しました。これまでの「共生」に加え、認知症の発症や進行を遅らせる「予防」に初めて重点を置いたという内容です。

当時、2025年には認知症の高齢者が約700万人、65歳以上の5人に1

人になると推計されていました。

認知症は、本人だけの問題ではありません。

家族や周囲の人たちにも、大きな負担をかけることがあります。

私自身、10年ほど前に義父を亡くしました。

死因は脳梗塞でしたが、その前の4、5年間、義父の認知症のために家族は介護を余儀なくされました。

特に大変だったのは妻です。

今となっては当時のことも遠い記憶になりましたが、現在でも認知症の方を見ると、

「本人も大変だが、周りの人たちも大変だな」

と感じることがあります。

認知症は、これからの社会にとって、早急に何とかしなければならない問題の一つだと思っています。

認知症とは何なのか

そもそも「認知症」という名前にも、私は少し違和感があります。

記憶が曖昧になったり、物事が分からなくなったりするのであれば、「不認知」と言ったほうが分かりやすいのではないか。

そんなことを考えたこともあります。

認知症とは、単なる物忘れのことではありません。

一般的には、記憶する力、物事を認識する力、判断する力などが低下し、その結果、日常生活や社会生活に支障をきたしている状態を認知症としています。

原因として、アルツハイマー病、血管性認知症、レビー小体型認知症、前

頭側頭型認知症などが挙げられています。

また、脳梗塞や脳出血などによって脳への血液が十分に届かなくなり、神経細胞や神経のネットワークに障害が起きることで認知症になる場合もあるとされています。

このように、現在の医学では認知症をいくつかの病気や状態に分けて説明しています。

それで原因が分かったのだろうか

ここで、私は一つの疑問を持ちます。

認知症の人に、

「記憶できない」

「判断できない」

「物事が分からない」

という症状が出ている。

では、それは原因なのでしょうか。

私は違うと思います。

それは、原因によってつくられた「結果」ではないでしょうか。

病気を考えるとき、私はいつもこのことを考えます。

「何が、この症状をつくっているのか」

症状を調べることは大切です。

しかし、症状を詳しく調べて、その経過を追うだけでは、症状をつくっている原因そのものにはたどり着けないのではないでしょうか。

原因をそのままにしておけば、時間の経過とともに症状は変化していきます。

その変化を観察し続けるだけでは、原因を究明したことにはならないのではないでしょうか。

私は、そこに「科学する」ということの大切さがあると思っています。

「なぜ、この症状が起きたのか」

「何が、この状態をつくったのか」

ここから考えていく必要があります。

アルツハイマー病を考える

認知症の中でも、特に多いとされているのがアルツハイマー病です。

アルツハイマー病では、脳が徐々に萎縮していくことが知られています。

そこで、また疑問が生まれます。

「なぜ、脳は萎縮していくのでしょうか」

脳が何の理由もなく、自然に萎縮していくのでしょうか。

年齢のせいなのでしょうか。

私は、ここにも「原因を考える」という視点が必要だと思っています。

私たちの身体は、血液によって酸素や栄養を全身に運んでいます。

もちろん、脳も同じです。

脳の細胞が正常に活動するためには、十分な血液循環が必要です。

では、脳へ十分な血液が届きにくくなったとしたら、どうなるでしょうか。

脳の細胞も、正常な働きを続けることが難しくなるのではないでしょうか。

私は、認知症を考えるとき、脳そのものだけを見るのではなく、脳へ血液を送っている身体の状態を見る必要があると考えています。

「物忘れ」はなぜ起きるのか

認知症では、記憶障害が大きな問題になります。

一般的には、記憶には脳の「海馬」が重要な役割を果たしているとされています。

では、なぜ海馬が正常に働かなくなったのでしょうか。

私は、ここでも原因を一つずつ考えていきます。

海馬へ情報を送っている神経に問題があるのか。

海馬そのものの機能に問題があるのか。

血液循環に問題があるのか。

もし血液循環に問題があるとしたら、どこで血流が阻害されているのか。

神経の働きに問題があるとしたら、何が神経の働きを妨げているのか。

これが私の思考回路です。

私が注目した場所

これまで私は、複数の「ボケ」と呼ばれていた方に施術を行ってきました。

施術によって頭がすっきりしたり、物忘れの状態に変化が見られたりする方もいました。

しかし、これまでは私自身の経験や感覚を頼りにしている部分がありました。

これでは、多くの人に伝えることができません。

「なぜ、そこなのか」

「なぜ、そこを調整すると変化が起きるのか」

それを自分自身でもっと明確にしなければならないと思いました。

ある時、私は海馬の位置を解剖図と照らし合わせながら考えていました。

そこで気になったのが、首の後ろから頭部につながる筋肉です。

特に、胸鎖乳突筋や頭半棘筋など、首や頭部を支える筋肉です。

この周辺の筋肉が強く緊張している人は少なくありません。

そして、この部分の筋肉を調整すると、「頭がすっきりする」と感じる方がいます。

めまいなどとの関係も含め、私はこの部分を、認知機能を考える上で重要な場所の一つとして見るようになりました。

姿勢が筋肉をつくる

では、なぜ首や頭部周辺の筋肉が硬くなるのでしょうか。

私は、その大きな要因の一つが「姿勢」だと考えています。

特に気になるのが、顎を前へ突き出した「顎出し姿勢」です。

背中を丸め、首を前へ出し、顎を突き出す。

あるいは、首を極端に下へ曲げる。

このような姿勢を長時間続けている人は、決して少なくありません。

例えば、

・テレビを見る姿勢
・パソコンの画面を見る姿勢
・本や書類を覗き込む姿勢
・スマートフォンを見る姿勢
・炬燵に入り、背中を丸めて顎を突き出したままテレビを見る姿勢

これらは、首や肩周辺の筋肉に大きな負担をかけます。

テレビが悪いのではありません。

パソコンが悪いのでもありません。

スマートフォンが悪いのでもありません。

問題は、それらを使うときの姿勢と、その姿勢を長時間続けることです。

文明の利器が病気をつくるのではなく、文明の利器を使う私たちの身体の使い方が、身体の状態をつくっているのではないでしょうか。

認知症と姿勢

私は、認知症の方を見ると、姿勢が気になることがあります。

・背中が丸くなっている。
・首が前へ出ている。
・顎が前へ突き出ている。

もちろん、姿勢が悪いから認知症になると単純に言うことはできません。

しかし、姿勢によって首や頭部の筋肉に長期間負担がかかり、それが身体の循環環境に影響を与える可能性については、もっと考えてもよいのではないでしょうか。

以前、私は小野田寛郎さんと渡部昇一さんの対談番組を見ました。

お二人とも背筋が伸び、凛とした姿勢を保っていました。

当時、小野田さんは84歳、渡部さんは76歳でした。

お二人の姿を見て、私は、

「姿勢と頭の働きには何か関係があるのではないか」

と改めて感じました。

もちろん、これだけで医学的な因果関係を証明することはできません。

しかし、身体を観察することから見えてくるものもあります。

認知症にならないために

認知症にならないために、特別なことをしなければならないとは限りません。

まず、自分の姿勢を見直してみることです。

・顎を引く。
・背筋を伸ばす。
・首を前へ突き出さない。
・長時間、同じ姿勢を続けない。
・そして、身体を動かす。

あまりにも簡単なことだと思われるかもしれません。

しかし、人間の身体は毎日の積み重ねによってつくられています。

何十年もの間、同じ姿勢を続ければ、その姿勢に合わせて筋肉の状態も変わっていきます。

逆に言えば、毎日の身体の使い方を見直すことは、身体を守るための一つの方法になるのではないでしょうか。

もし、物忘れが増えてきたら

では、すでに物忘れが増えてきた場合はどうすればよいのでしょうか。

私は、ここでも「病名」から考えるのではなく、「身体の状態」から考えてみることが大切だと思っています。

「歳だから仕方がない」

と、そのままにしてしまうのではなく、

「何が、この状態をつくっているのだろう」

と考えてみる。

MMSでは、筋肉の状態、姿勢、そして身体全体の循環環境という視点から身体を見ていきます。

特に首や頭部周辺の筋肉に強い緊張がある場合には、その状態を確認することが大切です。

ただし、ここで具体的な施術方法を詳しく説明することは控えたいと思います。

MMSを経験していない人が、単純に「ここを押せばよい」と受け取ってしまうと、かえって身体を緊張させる可能性があるからです。

MMSは、単に筋肉を強く揉んだり、押したりするものではありません。

身体が警戒しない状態をつくりながら筋肉の緊張を緩め、身体全体の循環環境を整えていくことが重要です。

MMSから見た「検査」とは

ここで、MMSから認知症を考える上で、もう一つ大切なことがあります。

それは、「検査結果だけを見て身体を判断しない」ということです。

病院では、記憶力の検査や画像検査などによって、現在の状態を確認します。

もちろん、その結果から現在の状態を知ることはできます。

しかし、MMSが知りたいのは、それだけではありません。

「この人の身体に、今、何が起きているのか」

「なぜ、この人にこの症状が現れたのか」

「どこに筋肉の緊張があるのか」

「その緊張は、どのような姿勢や身体の使い方によってつくられてきたのか」

「その状態が、身体全体の循環環境にどのような影響を与えているのか」

MMSでは、そこを見ていきます。

検査によって示された数値や画像は、その時点で確認された身体の一面を示すものです。

しかし、それだけで「なぜ、その状態になったのか」まで分かるとは限りません。

だからこそ、MMSでは検査結果や病名を出発点にするのではなく、目の前にある身体そのものを観察することから始めます。

例えば、同じ「物忘れ」という症状があったとしても、人によって身体の状態は違います。

姿勢も違います。

筋肉の緊張する場所も違います。

身体の使い方も違います。

これらを一つひとつ見ていかなければ、その人の身体で何が起きているのかを考えることはできないのではないでしょうか。

MMSにとって重要なのは、

「認知症という病名がついた」

という事実だけではありません。

「なぜ、この人にこの状態がつくられたのか」

そこを考えることなのです。

原因を考える

認知症は、誰にでも起こり得る問題です。

だからこそ、

「歳だから仕方がない」

「認知症になったら仕方がない」

と考える前に、もう一度、自分の身体を見直してみる必要があるのではないでしょうか。

病名を見る。

検査結果を見る。

そして、その結果だけで自分の身体を理解したつもりになってしまうのではなく、

「何が、この状態をつくっているのか」

と考えてみる。

症状は、身体からの一つの知らせなのかもしれません。

その知らせを病名だけで終わらせるのではなく、身体そのものに目を向ける。

私は、そこにMMSから認知症を考える意味があると思っています。

認知症になってから慌てるのではなく、まだ何も問題がないと思っている時から、自分の姿勢や身体の使い方を見直しておく。

毎日どのような姿勢で過ごしているのか。

首や肩に余計な力が入っていないか。

長時間、同じ姿勢を続けていないか。

身体をきちんと動かしているか。

そうした日々の積み重ねが、自分自身の身体をつくっています。

「物忘れがひどくなってきた」

もし、そのような変化を感じたら、

「歳のせいだ」

と片付けてしまうのではなく、

「この状態をつくっているものは何なのか」

と、一度立ち止まって身体を見てみる。

それが、MMSから認知症を考える上での大切な一歩なのです。

 

 

 

2026/09/30更新

眞々田昭司

 

眞々田昭司

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